「女性はスポーツをしない国」その常識を変えたのは日本人女性だった!
女性はスポーツをするべきではない。などと言われたら、どうするだろうか? 今の日本ではあり得ないだろう。しかし、そのような固定観念があり、優れた能力を持つ女性が活躍のチャンスをつかむことができずにいる国がある。その国・タンザニアで、2017年に女性だけの陸上競技会を実現させた日本人女性がいるのをご存知だろうか。国際協力機構(JICA)職員の伊藤美和さんだ。一国の常識を覆し、タンザニアの女性たちの意識を変えるまでにはどんなストーリーがあったのだろうか。
「スポーツは女性がするものではない」と言われていたタンザニア
アフリカ東部に位置するタンザニア連合共和国(以下タンザニア)に伊藤さんが赴任したのは2015年11月。その後、2016年にJICAタンザニア事務所の広報大使を務めることになったのが、ジュマ・イカンガー氏。日本人マラソン選手として有名な瀬古利彦氏のライバルと言われ、1983年の福岡国際マラソンで瀬古氏と首位争いをした元選手である。
「せっかくイカンガーさんのような方がいるので、スポーツを通じた何かができないかと思ったんです。その何かが当時はまだ私には見えてなかったんですが、まずはイカンガーさんに相談してみようと。すると“あるよ”とおっしゃって、数日後には企画書を持ってこられました。それが女性だけの陸上競技会で、名前も“LADIES FIRST”とつけられていました」(伊藤さん。以下同)
タンザニアでは“スポーツは男性のもの。女性がするものではない”という固定観念が残っていた。イカンガー氏は現役時代、国際大会に出場することで海外の女性の現状と自国とを比較し、タンザニアの女性たちが実力はあるのに環境が整っていないために国際的に活躍できないことに心を痛めていたようだ。そこで長年、温めていたのが女性だけの陸上競技会の開催だったのだという。
「東京五輪を数年後に控え、スポーツが盛り上がりを見せる中、単に競技会を開催するだけでも意味はあったのですが、JICAとしては何かタンザニアの置かれた状況が改善するような付加価値をつけたいと思いました。女性の地位向上を目指す啓蒙活動をサイドイベントとしてやろうと考えたんです」
男尊女卑が強いタンザニア。女性の地位向上をどう推進するか?
伊藤さんが女性の地位向上のための啓蒙活動をしたいと考えたのには理由がある。タンザニアでは女性の若年妊娠が問題になっている。しかもそれは望まない妊娠で、女性は妊娠すると学校を退学しなければならず、産後一定期間を経ての復学も許されてはいないのだそうだ。つまり、妊娠してしまえば教育を受ける機会を失い、職業の選択肢も限られ、その後貧しい人生を送らざるを得ず、自分の子どもにも十分な衣食住や教育の機会を与えられないという負の連鎖に陥る可能性が高い。
「ただ、そういう政府の方針に関して正面から責任を問うかというと、JICAとしては政府と一緒に開発をしていくというミッションがありますから、上手いこと進めたい。だから、若年妊娠の予防ということに力点を置こうと思いました。そこは政府も理解してくれて、事前に話し合いをもちながら円滑に進めていくことができました」
若年妊娠の問題もそうだが、タンザニアは男尊女卑が強い国だという。女性にスポーツをする機会が与えられないのも、それが理由なのだろうか。
「男尊女卑の意識が強いというのはたしかにそうなんですけれど、全部が全部間違っているわけではないと私は思っています。タンザニアはイスラム教とキリスト教の信者が半々ぐらいいるんですが、イスラム教はご存じのように女性は肌の露出が禁じられています。だから、短パンにノースリーブのスポーツウェアは受け入れられないという側面も。また、女性は成長すると太りやすくなりがちなのですが、陸上の選手の場合、体重が増えてはいけません。だから間違ったダイエットをしたりして体調に支障を来したケースがあり、それが女性はスポーツをしたら妊娠できなくなるなどという風に広まったということもあるんじゃないのかなと、あくまでも想像ですが思っています」
競技会開催までの苦労は、費用と選手を集めること
タンザニアで女性だけの陸上競技会が開催されることが決まると、伊藤さんはお金と選手を集めることに奔走する。
「競技会はあくまでも広報活動の一環として行うものなので、予算がついていたわけではありません。決められた事務所の広報費の範囲では足りないので、タンザニアに進出している日本の民間企業、あるいは日本と関係の深いタンザニアの企業などにお願いしてスポンサーになってもらいました。協力してくれるところが多くなると、そういう機運があるならばとJICAでも予算を認めるきっかけになったのはありがたかったですね」
費用面の目処が立ったら、今度は参加者の確保である。そもそも女性はスポーツをするべきではないと言われている国なのだから、どこからどのように出場する選手を集めればいいのか。
「一応、昔から細々と陸上競技をやっている人は全国にいて、各地域に陸上連盟の支部のようなものがあり、担当者がいました。こちらの希望としては全国から公平に、平等に集めたいと思ったので、31の地域からとにかく4、5人女性の選手を出してくれと。どの種目に何人なんて言っていると収集がつかないので、アバウトですがそういう集め方をしました」
そして、何と言ってもタンザニアの国土面積は日本の2.5倍。みんながみんな、お金があって、飛行機を使って会場に集まれるわけではない。バスを何度も乗り継いでやってくる選手達も多かったのだという。
「選手は前日集合と決められていましたが、充分な人数が集まるか不安で不安で……。でも、当日会場に女の子たちがいるのを見たら、それだけで感動しました」
「私たちも走ることができる!」自分たちの可能性に気づいた女性たち
準備期間は約半年。タンザニアで初めて開催された女性だけの陸上競技会。反響はどうだったのだろうか。
「女子だけの大会、そして全国から平等に選ばれて参加できたということに選手達が喜んでいたのはもちろんなのですが、これから活躍が期待できそうだとスポンサーがついた選手が何人かいたんです。その選手はハッピーですけれども、他の選手たちもたとえ自分にスポンサーがつかなくても可能性はあるんだと自覚することはインセンティブになる。実は、観客には近隣の小中学校の生徒を1000人招待していたんですが、ある女子生徒が『女性も走れるんだね。自分も何でもできそうな気がしてきた』と言ったのです。それを聞いて本当に良かったと思いました。そういう反応があったことは予想以上でした」
啓蒙を目的としたサイドイベントでは、日本から講師を呼んで女性選手の身体的特徴について講義してもらったり、スポーツにおける女性のリーダーシップなどについてのワークショップを開催したりしたそうだ。
「スポーツ選手というのはカリスマじゃないですが、みんなを引っ張っていく力がある。そういう意味でロールモデルになるんだと思います。モチベーションをあげていくような話をすると、自分ももっと頑張って世界的な大会に出て、皆の誇りになるような人になりたいとか、子どものいるお母さんの選手は、自分の活躍する姿を子どもに見せたいとか、みんながそういう目標を明確に持つようになりました。もちろん、前からもあったんでしょうが、それを引き出して、みんなで語り合えるようになったことは大きな進歩だったと思います」
広い国のあちこちから女性選手たちが集まってきて競技力を競い合う。勝ったら勝ったで嬉しいし、負けたら負けたで悔しさをバネに今度こそと励みにする。そこにはシンプルなルールしかない。
「ジェンダー平等の話をすると、そこには文化や慣習、宗教が絡んできて、駄目なことは駄目といえずモヤモヤしてくることもあるんです。でも、この競技会にはイスラム信徒の選手も結構いましたが、ちょっと長めのパンツを穿いたり、頭に布を巻くなどの工夫をして楽しそうに参加していました。服装はどうなるかと不安ではあったんですが、心配は杞憂だったんです。スポーツの力というと大袈裟かも知れませんが、スポーツは文化も宗教も関係ない。
そういったものを超えたところで、みんなが共通のルールに従って正々堂々と戦い合う。そこにスポーツの持つ大きな可能性があると思いますね」
伊藤さんはLADIES FIRSTの過去3回の開催に携わり、2019年12月に帰国した。あいにく今年度は新型コロナウイルス感染拡大の影響で競技会はまだ開催されていないが、たしかな手応えは感じたという。タンザニアの女性たちの変化は、なかなか数字に見ることは難しい。しかし、「井戸端会議」は日本特有のものではなく、タンザニアでも女性たちの情報交換の場として機能しているらしく、何かひとつでも特別な話題があればそれは一気に広がる。LADIES FIRSTでの体験を多くの女性たちが共有するようになれば、それは大きな変化を生み出すはずだ。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Kazuhisa Yoshinaga
<関連記事>
JICAが取り組むスポーツを通じた国際協力とは?
https://www.parasapo.tokyo/topics/29445