リモート観戦中に会場へ“声援”が届く、新しい応援システムが面白い!
熱い声援をチームに届けたい! けれど会場に行けない……。現在、コロナ禍において多くのスポーツの試合が、感染防止のため観客数を減らす、あるいは無観客で行われている。それをテレビやネットを通して応援するのはどこかもどかしい。会場に行くことができなくても、せめて好きなチームや選手に声援を届けることができたら。そんな新時代の応援スタイルを可能にする新しいシステムを開発中のパナソニック株式会社の持田登尚雄さんと、木村文香さんにお話しを伺った。
新時代の応援システムとは?
新しい応援システムとして注目されている「チアホン」は、マイクを内蔵した親機と、スピーカーを内蔵した子機からなる腕輪型のデバイスだ。たとえば観客入場数が制限されていて会場に足を運べない試合でも、親機を持った人が自宅でリモート観戦しながら声援を送ると、会場で実際に観戦している人の子機がその声を再生してくれるというもの。
―――このシステムはコロナ禍におけるスポーツ観戦用に開発されたのでしょうか?
持田 いえ、実は違うんです。2019年の4月に社内に「Aug Lab(オーグラボ)」という組織ができました。ここではテクノロジーの力によって、自己拡張(Augmentation)、つまり人が自分でできる領域を増やしていき、日常を豊かにする「Well-being(ウェルビーイング)」(※1)な社会に貢献するための検証活動をしています。「Well-being」な状態は人それぞれ違うので、まず自分ならどうだろう考えました。僕はサッカーが好きで、好きな選手やチームが成功すると嬉しくて豊かな気持ちになるんですね。じゃあ、選手やチームが成功するためにはどうしたらいいのか? というのがスタートでした。
そこでいろいろ調べたところ、海外の主要なサッカーリーグではアウェイでの試合は、ホームでプレーしたときより10~15%も勝率が低いという結果があることがわかったんです。
――それは地元であるホームで試合をした方が応援してくれるファンが多いからということですか?
持田 そうです。つまり、応援が試合の勝率や選手のモチベーションにも影響を与えるということですね。日本国内のJリーグでも同じような差が見られます。そこで、アウェイの試合にもファンの応援を届けて、この差を縮められないかと考えたんです。
木村 新しい事業をはじめるとき、ワークショップなどで社会にある課題を見つけるとか、いろんなプロセスがあると思いますが、私たちは、まず自分自身が本当に好きなことを大切にしてアイデアを出していこうというところからスタートしました。私たちの間では「ATI」と呼んでいるんですが「圧倒的当事者意識」ということですね(笑)。それをもとに課題を見つけていった結果、スポーツ選手にファンの声を届けるというところに行き着きました。
(※1)「Well-being(ウェルビーイング)」とは、WHO憲章前文にある「健康」を定義した文章に出てくる言葉で、日本WHO協会は「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます」と訳している。
近所でファン仲間が増えるユニークな仕組み
―――このシステムは子機を試合会場に行ける誰かに預ける必要があるんですよね?
持田 はい、そうです。専用のアプリを使って自分が行けない試合にエントリーすると、その試合に行く予定の人が地図上に表示されます。そこでコンタクトを取って、実際に会って子機を預けます。このシステムのポイントは、たとえ一度も会ったことがない相手でも、同じスポーツ、同じチームが好きだという共通点によって繋がることができるという点です。
木村 わざわざ会って渡すのはめんどくさくない? と思う方もいると思います。ちょっと話は脱線しますが、コロナ禍で在宅ワークになってから孤独や不安を感じた人が多いと思うんです。でも最近はご近所付き合いも少ないですし、今から身近に新しいコミュニティを作るというのも難しいですよね。でも、これがあると、アプリの地図上に、チアホンを持っている人、自分と同じチームを応援している人が表示されるので、同じチームを好きな人が近所にもいることも分かります。そこで実際に会って子機を渡すことで知り合いになって、2回、3回と繰り返すうちに友達になって、もしかすると親友になれるかもしれない。そんな風に、新しいコミュニケーション、コミュニティづくりのきっかけになってくれたらいいなという思いから、わざわざ会って渡すという方法を選びました。
持田 あともう1つヒントになったのが、江戸時代の文化である「お伊勢講」です。当時、日本中の人が「お伊勢参り」をしたいと思っていたんですね。でも、徒歩で行くわけですから遠方の人は時間もお金もかかって、誰もが行けるわけではなかったそうです。そこで、仲間同士が費用を出し合い、みんなの「想い」を託された代表者が伊勢に行って、仲間の分までお祈りをする「お伊勢講」という素敵な文化が生まれた。「祈り」を誰かに託すという文化を現代風にアップデートしたんです。
――ただ声援を届けるだけなら会場に設置したスピーカーと同期すればいいだけですよね。想いを届けるということから、あえて子機を誰かに託すという形をとったんですね。
持田 自分の所有物が現地に行くというのが大事だと思ったんです。会場にあるスピーカーに声を届けるのは技術的には可能です。でも、それでは観戦する方も本当に自分の声が届いているかわからないですし、試合をしている選手にもファンの姿が見えてこない。実はチアホンの子機は音が出るときにLEDが光るので、声を見える化できるようになっています。ファン一人ひとりの声と同時に、その想いを可視化して選手に伝えることができるんですよ。
豊かな暮らしに必要な4つのキーワード
――このシステムの開発はコロナ以前から始まっていたとのことですが、コロナ禍で競技会場でのスポーツ観戦が難しくなった今、改めてこの開発の意義についてどうお考えですか?
持田 スポーツ観戦には自分にできないことを疑似体験して、日常では味わえない感覚を味わえるというメリットがあると思うんです。普通に暮らしていると感情って割と平坦じゃないですか。でもスポーツ観戦をしていると、好きなチームが勝てば嬉しくて仲間と一緒にそれを共有できるし、負ければ悔しい。そういったいろんな刺激や感動をもらえることで、人生は豊かになるんじゃないでしょうか。
木村 持田はサッカーの試合会場にいくと別人のようになります(笑)。
持田 このシステムを開発するにあったって大切にしたのが「共在感覚」「コミュニティ感覚」「一体感」「熱狂感」という4つのキーワードです。自分が現場にいなくても、そこにいるような気持ちになれる「共在感覚」が得られること。新しいコミュニティを醸成すること。選手とファン、さらに会場の中と外を繋ぐことでより人と人との「一体感」を強めたいということ。そして夢中になって大声を出すなどして試合に没頭できる「熱狂感」に貢献すること。残念ながらコロナ禍ではこれらが損なわれてしまっていますが、ソーシャルディスタンスという距離を越えて声や想いを届けて、人と人、想いと想いを繋げていくという新しい応援のかたちを作れたらいいなと思っています。
木村 スポーツもそうですけど、最近は音楽のライブビューイングなど、いろいろなところからお問い合わせをいただいています。
持田 もともとは僕がサッカーファンだというところからスタートしていますが、もちろん他の分野やスポーツでも活用できます。このシステムを活用すれば海外からだって応援の声を届けることができるんですよ。
現在、リモート応援システムの開発が各社で盛んに行われている。こうした動きには、ソーシャルディスタンスが求められる今、「体は離れていても、想いは繋げることができる」そんな、新たな価値を生み出してくれる可能性を感じた。ニューノーマル時代において、今後ますます進化を遂げる新たな応援スタイルに期待したい。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Yuji Nomura