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パワーリフティング
“魅せるスポーツ”として成長のカギはコラボに! パラ・パワーリフティングの挑戦
新型コロナウイルスの感染拡大が収まらないなか、各競技団体は無観客や観客数を抑えた大会の「新しい応援スタイル」を模索し始めている。そんななか、個性的な形を示しつつあるのが日本パラ・パワーリフティング連盟だ。
劇場ならではの演出を
1月末、「第21回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会」が、新型コロナウイルス緊急事態宣言が発出されていた都内で行われた。
その様子はWEBでライブ配信されたが、説明がなければ、多くの人は無観客であることに気づかなかっただろう。実際、試技が行われた一室にいたのは、PCR検査を受けた限られたスタッフと選手だけだった。
しかし、である。元パワーリフティング日本代表でタレントのなべやかんさんによる解説に交じり、画面からは入場した選手へのさまざまな声援が響いた。さらにどしゃぶりの雨のように流れるプロジェクションマッピングの応援メッセージの演出や、入場時の力強い音楽など、会場に来られない人も思わず見入ってしまう数々の演出が仕掛けられていた。
日本パラ・パワーリフティング連盟・事務局の吉田彫子さんは、このような演出は、コロナ禍の外出自粛をきっかけに突然始めたのではない、さらに時間をかけて多くの人たちとコラボして作り上げた賜物だと明かす。
「(2013年に)東京2020大会の招致が決定したあと、会場は東京国際フォーラムでということが決まって、当時から劇場を舞台とするからには、演劇的な演出があったら面白いんじゃない、という発想があったんです」
以来、競技の普及に奔走してきた同連盟は、2018年に転機となる縁を得る。日本工学院八王子専門学校から「学校の特色をパラ・パワーリフティングに活かせるよう協力したい」という申し出があったのだ。
すると、翌2019年の全日本大会は、光と音楽を使った派手な演出が可能な同校講堂での開催が決定。さらに、音楽を専攻する学生が大会テーマ音楽を作り、テクノロジー専攻の学生は、審判の判定結果を表示するランプを作成した。デザインを学ぶ学生は、大会キービジュアルを作ってポスターやチラシに活かした。
「たとえばポスターについていうと、ビジュアルを統一して、このイラストなら全日本大会なのだと一目でわかることが大切という考え方も、彼らとのコラボによって獲得できました」と吉田さん。
このような変革を一番歓迎したのは、選手たちだ。日本男子の第一人者・大堂秀樹は当時、「これまでだったら、体育館の片隅で大会をやる感じだったのに、こんな立派な会場をつくってもらった。気持ちも入ります」と喜んだ。
とはいえ、さまざまな失敗もあったという。たとえば無観客で実施された昨年10月のチャレンジカップもWEB配信を行ったが、「カメラワークや見せ方が単調でホームビデオをそのまま流している感じだったんです」と、吉田さんは反省する。
当然、それらの反省点は、全日本大会に活かされ、臨場感あふれる撮影に成功。パラ・パワーリフティングを「見せるスポーツ」として価値あるものに醸成させていた。
無観客でどう応援するかが課題に
一方、全日本国際招待選手権大会では、無観客での実施が決まった時点で、どうやって選手たちの気持ちを盛り上げられるかも課題になっていた。
この問題を解決すべく、共催の東京都が提案したのは、リモート応援システム『Remote Cheerer powered by SoundUD』(以下、リモートチアラー)の採用だ。
これは、コロナ禍で会場に足を運べない人々の応援する思いや声を会場に直接届けるためのアプリ。ボタンをタップするとあらかじめ録音していた「○○選手、頑張れ!」といった声や拍手がランダムに会場スピーカーから流れる仕組みだ。
すでにJリーグのチームなどで採用され、コロナ禍での応援を実現するツールとして、注目されている。
記事の冒頭で入場した選手にはさまざまな声援が送られていた、と記したが、その声援こそ、このアプリを利用した声や拍手である。
このリモートチアラーの採用にあたり、昨秋、東京都は“声”の録音に協力してくれるボランティアを募集した。そこで手を挙げたのが、かねてより学内で「パラスポーツ応援プロジェクト」を立ち上げ、パラスポーツ・ムーブメントに貢献してきた聖学院中学校・高等学校、女子聖学院中学校・高等学校の生徒たちだ。
吉田さんは、声を弾ませて振り返る。
「私たちがお願いしたのは、あくまで“声”の協力でした。でも、オンラインミーティングで、生徒さんの一人が『応援って声だけではないのでは。ビジュアル面などを使い、応援する思いを届ける方法はいろいろあるはず。応援を声だけにこだわる意味が分かりません』って言うんです。すごく熱くて、感動してしまいました」
生徒たちは、その後、5つの応援方法を提案した。
まず、4月より大学で音響を学ぶ高校3年生の橋本瞭平さんらが、提案したのは「応援歌」による応援である。
「もともと日本工学院さんがつくっていた曲にメロディーをつけ、選手の入場時に流してもらいました。この曲に和太鼓を使ったのは、音の太さには、選手の集中力を高めるなどの効果を期待したからです」
そして、高校3年生の竹内莉々子さんら7人は、参加選手43人すべてに応援ボードを作成した。ここには、「リモートチアラーや応援歌が聴覚での励ましなら、私たちは言葉や視覚で応援したい」という考えがある。応援メッセージが書き込まれ、飾りも施された応援ボードは、アップ会場で貼り出され、表彰式で選手に手渡された。
「事前に選手の方に好きな色をお聞きし、台紙の色を選びました。作業は大変でしたが、大会後、“ただ頑張れじゃなく、選手のことをちゃんと知って応援してくれることがわかってうれしかった”などの言葉をいただきました」
さらに高校1年生の大山はなりさんらは、30秒程度の応援動画を2本製作した。映像は選手のアップ会場などで公開。もともと東京都のインスタグラムでのみ、流される予定だったが、生徒たちの「選手たちにちゃんと思いを届けたい」という強い思いから、アップ会場での公開が実現した。
「1本は、生徒にパワーリフティングを体験してもらい、顔が赤くなったり、荒い息遣いなどを撮影して、多くの人にこの競技の魅力を伝える動画をつくりました。
もう1本は、選手の方に向けた動画です。“頑張れ、パラパワー”という文字を9人が1字ずつ持って映像化し、そのうえに音声を乗せました」
そして、このプロジェクトを主導したのは中学3年生の西大河さんだ。「自信を持って」「ファイト」など、さまざまな応援ワードを考え、録音した素材は311種類にのぼる。入場する場面、試技直前、成功の場合、失敗の場合、退場の場面と、試合を5つの場面に分け、それに応じた言葉をつくり、生徒12人が録音に臨んだ。
「選手名を必ず入れ、また聖学院らしさを出したかったので、“けっぱれ”など方言での声援も入れました。やり残したなと思うのは、たくさんの人がわーっと沸く歓声の音源がつくれなかったこと。声や音が重なるものって、音源をつくるのが難しいんです。でも、大会後、宇城元選手から『今までのような臨場感ある応援だった』という言葉をいただくことができました」
コラボで見えてきたもの
生徒が出した5案のうち、「香りで応援したい」という案は、採用に至らなかったが、吉田さんは「基本的には、なんとか全部やりたいという前提で検討しました」と振り返る。
そして、生徒たちのプロジェクトをひとまず終えた今、吉田さんには明るい考えも浮かんでいるという。
「普段、競技普及とか、認知度向上のために取り組んでいますが、今回のことをきっかけに、それは何のためにやるのか、そもそもの部分を認識させられたんです。つまり、選手に強くなってもらうには応援の力の必要だ、応援の力をつくるためには、多くの人にこの競技を知ってもらわないといけない。今までがむしゃらにやってきたけど、やはり、それでよいのだと、一筋の道として考えられるようになった気がします」
吉田さんは、「中高生の情熱には、そう思わせるだけの力があった」と言い、「これからもさまざまな人たちとコラボレーションをしていきたいです。自分たちの力や発想だけではできない、大きなことを生み出せるから」と語る。
ここには、応援してもらうことを通して選手の競技力を高めるなかで「新しい応援スタイル」を確立し、「魅せるスポーツ」としての価値を見出していきたいという願いがある。若い世代の意見も取り入れながら、パラ・パワーリフティングは進化を遂げていくはずだ。
text by TEAM A
photo by Haruo Wanibe