勝てなかったら自分はダメ人間? 思うような結果が出ない人が今すぐやめるべきこと
アスリートに限らず何らかのパフォーマンスをする人の中には、本番になると緊張して失敗してしまうとか、思うような結果が出ないことに悩む人は多い。その鍵を握るのが「自己肯定感」。「自分はありのままでいい、生きているだけで価値がある」と思うことのできる感覚のことだ。これが低いと良い結果が出せなくなる。どうすれば「自己肯定感」に振り回されずパフォーマンスをアップすることができるのか。アスリートのカウンセリングも多数手がけている心理カウンセラー山根洋士氏にその秘訣を伺った。
ありのままの自分に納得する「自己納得感」を手に入れよう
人は何か失敗すると、「自分なんて何をやってもうまくいかない」「どうせ自分はダメだ」と自分を否定しがちだ。そしてますます自信をなくしたり、また失敗したらどうしようと緊張が高まったりして失敗を繰り返す悪循環に陥る。それは、その人の子供時代に原因があるというのが山根氏の主張だ。
「特にスポーツ選手や楽器を演奏したりなど舞台に立つ芸術系のアーティストなどに顕著なのですが、彼らはみんな厳しい子供時代を過ごしています。それは、家庭環境が悪いという意味ではなくて、厳しい訓練を受けて今の地位にまで上がってきているということです。するとどうしても、『できる自分』には価値があって、『できない自分』には価値がないと思い込んでしまう。だめな自分は、親もコーチもみんな認めてくれないと思い込み、そんな自分を受け入れることができない、自分に×をつけた状態です。これを“自己肯定感が低い”と言います」(山根洋士氏、以下同)
自己肯定感が低くなると、何かしようと思うたびに大きなストレスを感じる。すると理解や思考、判断といったいわゆる「認知機能」が働かなくなり、それが良い方向に作用すれば想定外の良いプレーができたりすることもあるが、悪い方向に作用すると過去のトラウマのようなものがよみがえり、自分は失敗するのではないかという思考に捕らわれ失敗する。そしてまた「自分はダメだ…」と思うようになる悪循環に陥ってしまうのだ。
「でも、自己肯定感が低いからといってむやみに高めようというのも、ちょっと危ないと思うんです。自信が持てるなにかをつくらないといけないとか、ネガティブ思考じゃだめだとか、そういう“べき諭”になっていくと心はますます苦しくなりますから」
山根氏が主張しているのは「自己肯定感を高めようなんて思わなくてもいい。必要なのは『自己肯定感』ではなく『自己納得感』だ」ということ。すぐに失敗する、上手くできない自分に納得する「自己納得感」を得るためには、どうしたらいいのだろうか。
「心のノイズ = 考え方のクセ」を見極める
山根氏は人にはいろいろな「心のノイズ」があるのだと言う。それは、人が生まれてから今まで心の中で育ててきた考え方や解釈のクセのこと。たとえば、アスリートなどに顕著なのは「完璧主義ノイズ」だろう。完璧にできないといけないと思いこみ、このノイズに支配されると、できない自分を否定したくなる。そして、先述のような悪循環に陥ってしまう。
「以前、フィギュアスケートの選手をカウンセリングする機会があったんですが、彼女はなかなか結果が出なくて、自分はだめだと思い込んでいました。でも彼女は、スポーツの観点からはだめかも知れないけれども、決して人間としてだめなわけじゃない。人生や命をかけてスポーツに取り組んでいる彼らは、そこを混同しやすいんですね。アスリートとしての価値と、人としての価値をいっしょくたにするから苦しくなってしまうわけです」
そこで山根氏はその人が幼い頃から感じていたこと、考えていること、思って考えているんだけれども自分では見ないようにしていること、押さえ込んでいることをさまざまなツールを使って引き出していく。そうして明らかになった「心のノイズ」を自覚するだけでだいぶ違ってくるのだという。
「自分の中にあるノイズを自覚したら、何か悩んだりうまくいかないときは、そのノイズのせいにしちゃえば良いんです。そうすれば、自分を客観視できるようになり、アスリートである自分と、人である自分を分けて考えることができますから」
これはアスリートに限らず、仕事で悩みを抱えるビジネスパーソンや、子育てに追われる親世代にも有効なのではないだろうか。目の前の問題と自分自身を切り離すことで、自らを客観視できるようになるはずだ。
プレッシャーをかけるのは周囲ではなく自分!?
「心のノイズ」にはどんなものがあるか、たとえば「ありのままの自分封印ノイズ」などは心当たりがある人も多いのではないだろうか。子供の頃から他人と比べられ「〇〇ちゃんはできるのに、どうしてあなたはできないの?」などと親や周囲から言い続けられると、このノイズが心に発生しやすくなる。その結果、自己肯定感が低くなり、プレッシャーにも弱くなるという。
「周囲からかけられるプレッシャーに押しつぶされて……などとよく言いますが、それをどう受け取るかは自分次第。冷静に考えてみたら、周囲はそんなこと思ってないのに自分がそう思い込んで勝手にプレッシャーに感じている面もある。プロのアスリートはスポンサーがいるケースもあるので、勝たなければスポンサーがいなくなるかもしれない…と思いがちです。そういうアスリートに対して僕は『でも、スポンサーは競技に打ち込んでいるあなたの姿勢、生き方に賛同して支援してくれているのであって、結果が出ないならお金も出さないようなスポンサーってあなたの周りにいる?』と話します。すると、ハッと気づくみたいです」
一番大事なのは、対象自体を大きくし過ぎないことだという。
「アスリートに関して言うと、元々あった遊び心、やりたい気持ち、楽しさを忘れて勝つことに執着し過ぎると対戦相手や目標が大きくなりすぎて、普段通りの力が出せなくなります。以前格闘家の高田延彦さんがヒクソン・グレイシーと戦ったとき、高田さんは自分より背が低いヒクソンを見て、2m以上あるんじゃないかと思ったそうです。それでああ、俺はもうダメだと思って負けてしまったと。楽しさを忘れて目標や敵が大きくなりすぎると、そういうことが起こってしまうものなんですよ」
結果を出すアスリートが大切にしている休息法とは
また、自己納得感や考え方のクセとともに、パフォーマンスを上げることや結果につなげるために重要なのが、休息だという。
「前回の平昌2018冬季オリンピックのとき、カーリングの女子日本代表チームが“もぐもぐタイム”というのを設けて、試合中におやつを食べていたのが話題になりましたよね? ピクニックのようにみんなで円になって果物などのおやつを頬張る。それによって試合で熱くなった気持ちをフラットに戻すわけです。僕はあれを見た時、スポーツは変わったなと思いました。昔の指導者には水を飲むなと言う人も多かったし、とにかく“辛抱、我慢”と言って、あれは絶対に許さなかったはずですから」
山根氏は以前ノンフィクションライターとして、アスリートを取材することも多かったのだという。フランスとその周辺国で行われる自転車ロードレース“ツール・ド・フランス”に日本人として初めて出場した人を取材したとき、あることを知ったのだそうだ。
「“ツール・ド・フランス”は23日間という長期にわたって行われるレースで、選手たちはチームで毎日移動するのだそうです。移動先で夕食までたとえば3時間あったとすると、その間とにかく何もせずベッドに横たわっているというのが彼らの休息法なのだと聞きました。今だったらついスマホとか見ちゃいそうですけど、それも許されない。それを聞いたとき、本当に何もしない休憩って大切なんだなと思いました」
他にも、山根氏が取材したサッカーの有名選手なども、休憩には特に気を遣っていると言っていたそうだ。このような事例から、アスリートが結果を出すには、練習と休息のバランスがいかに大事かがわかるだろう。
「やめるのが怖いこと」を、まずやめてみる
山根氏の話を伺っていると「心のノイズ」や「遊び」など、ハッと気づかされることが多い。それは裏返してみれば、私たちが普段「思い込み」や「固定観念」にいかに縛られているかということを表しているように思う。
「世の中に正解はいっぱいあるんですよ。それこそスポーツの世界でもいろいろな指導者がいて、それぞれ言うことは違う。時代によっても正しいとされていることは変わってきます。だから僕の言いたいのは、極端な話、頑張ってだめだったら、頑張るのをやめてみたらどうですか? ということなんです。頑張る人は結果が出ないとなると、その他の選択肢がどうしても見えなくなってしまうから」
山根氏は著書で「Stopリスト」を作ることを勧めている。ToDo(やること)リストではなくStop(やめること)リストだ。ToDoだとやることが増えていき、できないと落ち込むので、逆にやることを減らす方向で考えていくのだ。誰かが言うからではなく、やめることを自分で決め、挫折することなく実行していくことが大事なのだという。
「スランプに陥ったときがまさに効果的で、いつもやっていることをやめてみるように勧めます。人は上手くいかないときほど過去の成功体験にすがってしまうものなんですよ。こうすれば上手く行ったと、その安心感に頼りたいから。スランプの時ほどそれをやりがちですが、結局それをやってきたからスランプになってしまったわけです。だから、やめるのが怖いと思うことほどやめる方が良いんですよ」
一流のアスリートに限らず、結果が出せないと悩む人は、技術を磨くなどやれることはたぶんやり尽くしているはずだ。しかし、それが結果に繋がらないからどうしようもなくて悩む。山根氏の元を訪れる人もほとんどがそうで、最後にメンタルをどうにかしたいとカウンセリングを希望するのだそうだ。
「僕は、そういう人たちに言うんです。どうなりたいのか? と。すると、強くなりたい、速くなりたいと。じゃあ、本当の強さって何? と聞きます。弱い自分に目を背けて、強い自分だけを見て、弱い自分がなかったことにするのは、本当に強い自分と言えるのか。弱い自分を受け入れ、しっかり正面から向き合って全部の自分をトータルで受け入れる。それって強くない? と言うと、みんな目がキラッと輝きます。結局、弱い自分から目を背けていては絶対に強くなれないということなんですよ」
山根氏がカウンセリングを行った人たちのプロフィールは多岐にわたるが、中にはどうしても頑なに自分を受け入れられない人もいるのだそう。それは、「馬を水辺に連れて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない」ということわざの通りだ。結果を出したいのに上手くいかないなら、まず自身が変わることを恐れていないか、自分に問いかけてみるべきではないか。本人が変わろうとしなければ、何も変わらない。それはアスリートもビジネスパーソンも同じだ。改めてありのままの自分を受け入れる大切さを考えさせられたお話だった。
PROFILE 山根洋士
これまでに8000人以上の悩みを解決してきた心理カウンセラー。両親の離婚、熱中していたスポーツの挫折、就職の失敗などを経てノンフィクションライターとして成功を掴むものの、激務でダウン。過労死寸前まで追い詰められ、入院生活を送る中で心理療法と出会って人生が激変。「なんのために生きるのか」を模索した末に、心の風邪薬のようなカウンセリングを提供したいという思いから、カウンセラーになる。著書に「『自己肯定感が低い人』のための本」(アスコム刊)。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Kazuhisa Yoshinaga,Shutterstock