アスリートに学ぶ、人生をポジティブチェンジさせるマインドの法則
新型コロナウイルスの影響で、人々の生活はさまざまな制約を受けている。先の見えない不安な状況の中で、時にはネガティブ思考に陥ってしまうことも。そんな中、新たなことを始めて人生をポジティブチェンジしているアスリートたちがいる。どんな状況や逆境があっても、彼らがポジティブマインドになれるのはなぜなのか? その秘訣について、2人のアスリートが先日行われた東京2020大会とその後の未来を考える、オンラインカンファレンス「THE INNOVATION 2012 LONDON >>> 2021 TOKYO」で語った。
イギリスに奇跡を起こした伝説的スポーツイベントをヒントに未来を考える
史上最多の観戦チケット280万枚が完売し、今も大成功したと世界中で語り継がれているスポーツイベントがある。2012年のロンドンパラリンピックだ。イギリスではこの大会を機に社会がポジティブに変化したと言われている。そこで、この大会の成功をヒントに東京2020大会とその後の未来を考える、オンラインカンファレンス「THE INNOVATION 2012 LONDON >>> 2021 TOKYO」(公益財団法人 日本財団パラリンピックサポートセンター主催)が、現在4週にわたって開催されている。【大会】をテーマにした第1回に続き、【人】をテーマにした第2回の登壇者は、2016年のリオパラリンピックに視覚障害者柔道イギリス代表として出場したChris Skelley選手と、同じくパラアーチェリーの日本代表として出場した上山友裕選手。さらにパラ駅伝などパラスポーツのイベントに積極的に参加しているお笑いコンビ「ココリコ」の遠藤章造氏が参加し、未来の可能性を広げ、人生を好転させる「ポジティブチェンジ」の秘訣についてトークを繰り広げた。
弱さを認めることで、人は必ず強くなれる
Skelley選手と上山選手は、障がいを発症する以前からやっていたスポーツが人生を変えたという共通点がある。Skelley選手は10代の頃から徐々に視力が落ち、年齢が進むにつれて悪化。職を失い1人で外を出歩くことさえままならなかったSkelley選手の人生に光りをあてたのは、5歳のときからやっていた柔道だった。
「柔道は私の初恋です。私をどん底から救い、人生にポジティブな時期をもたらしました。柔道のおかげで友人も増え、趣味だった柔道が仕事になったんですから」(Skelley選手)
と、自分の人生をラッキーだったと振り返る。しかし最初からこうしたポジティブな気持ちになれたわけではない。視覚障がいを発症した当初、Skelley選手は思い切り泣き、母親や友人に辛い気持ちを洗いざらい打ち明けたという。そうやってSOSを出したことによって、周囲の人たちからのサポートを受け、本格的に視覚障害者柔道に打ち込めるようになったそうだ。さらに2012年に自国開催されたロンドンパラリンピックに刺激され、2016年のリオパラリンピックではイギリス代表として参加し、100キロ級で見事5位に入賞した。
「人はだれもが弱さを抱えているものですし、それを表に出すのは悪いことではないと思います。大切な人に気持ちを打ち明けることで、辛い時期に手を差し伸べてもらえますし、そのおかげで強くなれるんですから」(Skelley選手)
「できないこと」ではなく「できること」に目を向けるという発想の転換
一方、上山選手は障がいがわかったとき、それほどショックではなかったと言う。22歳の時に足に違和感を覚えた。最初は運動不足かと思っていたが原因不明のまま徐々に歩けなくなり、6年後には車いす生活を余儀なくされた。しかし、大学時代から続けてきたアーチェリーなら今でもできる、だからそれを頑張ろうと、自分が「今できること」に打ち込んだという。
そんな上山選手にココリコの遠藤氏は「とはいえ、はじめの一歩から、じゃあ楽しもうというわけではなかったんですよね? 苦しい時期もあったはず。それをどう乗り越えたんですか?」と疑問を投げかける。
「以前のように両足で立って踏ん張れないせいで力がまったく入らなくなって、どんどん成績も落ちて苦しみました。思うように実力が発揮できず、すごく苦しい時期もあったんですが、それは練習あるのみですよね」(上山選手)
車いすで競技しなければならないことを悲観するのではなく、「それがこれからの自分の新しいスタイル」だと受け入れ練習に励んだ。その結果、2016年のリオ大会でパラリンピック初出場ながら7位に入賞、昨年は世界ランキング2位という好成績を収めるに至ったのだ。
置かれた場所で最善を尽くすことで見えてくるものがある
こうした成功についてSkelley選手は「(秘訣は)どんな障がいがあっても、ネガティブな見方をせずポジティブに取り組み、前に進んで自ら人生をエンジョイすること、楽しむことだ」と言う。また、上山選手は「どうせやるからには頂点を目指したい」と、パラアーチェリーをはじめたときからパラリンピックを意識していたそうだ。そんな上山選手の話を聞いて、ココリコの遠藤氏はそれは別の世界にも置き換えられる話だと自身の経験を語った。
「先輩から言われて印象に残っていることがあります。それは、まずは1位を目指して切磋琢磨するからこそ見えてくるものがある、という言葉。最初から『俺はこれでいい』と決めてしまってはいけないということじゃないですかね。僕もお笑いの世界で1位を目指して頑張った時期があったからこそ、自分はこういう方向性でやってみたらいいんじゃないかというのが見えてきたと思うんです」(遠藤氏)
どんな過酷な状況におかれても諦めず、今の自分にできること、楽しめることを見つけ、その中で最善を尽くせば、自ずと進むべき道は見えてくるのかもしれない。
ロックダウン中のロンドンでも、ポジティブに活動し続ける
新型コロナウイルスの影響で、Skelley選手と上山選手は昨年からその活動を縮小せざるを得ない状況が続いている。しかし、2人はそれぞれ新たなことを始め、ポジティブな日々を送っているという。
たとえばSkelley選手が暮らすイギリスは2020年に新型コロナウイルスの影響でロックダウンとなり、買い物や通勤などといった日常生活も大きく制限された。そんな中でSkelley選手が始めたのはロックダウンで自由に家から出られなくなった人々のもとへ、食糧を配布するという社会貢献活動だ。さらには1人暮らしの人の家を訪問した際にはその無事を確認したり、話し相手になったりもしたと言う。視覚に障がいのあるSkelley選手は、同じく足に障がいのある車いすアスリートであるフィアンセと二人三脚でこのボランティア活動を行ったそうだ。
「隔離されて1人きりだと、誰かがそばにいるというだけで気持ちが違いますよね。それだけで日常が明るくなります。だからそうした人助けをしたかった。今はこうした活動に参加できたことを誇りに思っています」(Skelley選手)
コロナ禍では今までのような練習ができない。その上、視覚に障がいがあるSkelley選手にとって音声情報はとても重要であるにも関わらず、マスクをしている相手の声は聞き取りづらく、彼自身もストレスの多い生活を強いられていたはずだ。しかしSkelley選手は「好きなガーデニングを楽しんだり、柔道で負った怪我の問題に取り組んだり、2021年の東京大会に向けて心身ともにリセットすることができた」とロックダウン中の生活をポジティブに捉えている。
コロナ禍だからこそできることはないか?と考えた
上山選手も新型コロナウイルスの影響で試合が減り、今までのようにSNSで試合結果を報告する機会が減った。しかし、上山選手はこれを自分自身のことをファンに知ってもらういいチャンスだと捉え、試合や練習のことだけでなくプライベートなことをSNSに書き込みファンとの交流を深めるようにしたそうだ。
「緊急事態宣言中に、ファンの人たちと何かできないかと考えて、ファン限定のオンライン飲み会をしたんです。そうしたら僕とだけでなく、ファン同士がそれをきっかけに会話してくれたりして輪が広がったので、オンライン飲み会を開催できて良かったなと思っています」(上山選手)
この他にも上山選手は、パラアスリートやパラスポーツ指導者を対象にスピーチトレーニングを実施し、講師として派遣する「あすチャレ!メッセンジャー」の認定講師としても活動している。
「リオ大会以降、講演の依頼が増えていました。以前は無償の講演がほとんどでしたが、最近はお金をいただいて講演する機会が増えたんです。お金をいただいて講演するからには、よりきちんとした話をしないといけないなと思って、しっかり勉強しようと思ったのが認定講師になるきっかけでした」(上山選手)
上山選手の講演は人気で、話を聞いた中学生が「(障がいのある人の話はどうせ暗い辛い話なんだろうと思い)寝るつもりで講演を聞いたら、面白すぎて眠れませんでした」という感想文を書いてくれるほど好評だという。
Skelley選手と上山選手はアスリートとしての活動以外にも、スポーツを通して、心から信頼できるパートナーや仲間、人生の新たな目標ややりがいといったさまざまなものを得てきた。それは、どんな逆境にあっても今現在の自分ができることを探して、それをやり続けてきたからこそ得ることができたのだろう。
最後にSkelley選手のエピソードをもうひとつ。Skelley選手と同じくパラアスリートである現在のフィアンセとの出会いは、リオ大会に出発する前に選手を集めて行われた記念ディナーの席。その後付き合うことになった2人は、二人三脚でコロナ禍を乗り切り、昨年の秋にはSkelley選手がロンドンのリッツホテルでサプライズプロポーズ。現在婚約中で、来年には式を挙げる予定だと言う。視覚に障がいがあっても柔道があったからこそ、パラリンピックという目標や、素晴らしいパートナーを見つけることができたと語るSkelley選手の笑顔はキラキラと輝いていた。スポーツには人を前向きにし、人の輪を広げ、人生をポジティブチェンジする力があるということを、2人の生き方が物語っている。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
SNSで積極的に発信を行っているSkelley選手と上山選手のアカウントはこちらから↓
Skelley選手 https://www.instagram.com/christopher.skelley/
上山選手 https://twitter.com/51tomoro
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