スポーツ+アート? “走ること”に新たな価値を生み出した、競わないスポーツ「GPSラン」

スポーツ+アート? “走ること”に新たな価値を生み出した、競わないスポーツ「GPSラン」
2022.02.21.MON 公開

スポーツには必ずといっていいほど勝ち負けが付きまとうが、そうした当たり前を覆し話題となっているのがGPSラン。日本国内だけでなく、台湾など世界中からも注目を浴びる“人と競わないスポーツ”であり、“アート”でもあるというGPSランとは何なのか? その魅力はどこにあるのかを、プロのGPSランナー志水直樹さんに伺った。

勝ち負けを競わないスポーツとは?

GPSランとは、スマホなどにGPSトラッキング機能(移動した軌跡が記録される機能)のあるアプリをダウンロードし、走った軌跡を地図上に残して文字や絵を描いていくランニング。つまりスマホがあれば、誰でも簡単に始めることができる。
たとえば、2021年の10月に兵庫県西宮市で行われた「第46回にしのみや市民祭り」。例年は多くの市民が集まるところ、この年はコロナ禍を考慮して3密を避けるため、市民の皆さんをはじめとする全国の皆さんにランニングアプリを使って描いたアート作品を事前に投稿してもらい、コンテストを行った。描く文字や絵は自由。描くのにかかる時間や、距離も決まっていないので、小さい子どもも、足腰が弱って走ることができないという高齢者も、車いすの人もみんな楽しんで参加することができたと好評だった。

世界初のプロGPSランナー志水直樹さん。

このイベントを企画したのが、西宮市出身の志水直樹さん。彼は2016年から、世界初の職業GPSランナーとして活動している。

「スポーツと言うと今までは、早い人が勝ちで遅い人は負けのようにスピードや距離、得点など数字を競うのが基本でした。僕はサッカーを20数年やっているので、そういう勝ち負けを競うスポーツも好きなのですが、考えてみたら勝ち負けを競わないスポーツってなかったなぁと思ったんです。その点、文字や絵を描くことが目的のGPSランならば速さや距離を競うことがないので、運動が苦手な人も、車いすの方も、体を動かしたいと思っているおじいちゃんやおばあちゃんも、いろんな人が一緒になって楽しむことができるんです」(志水さん)

と、志水さんはGPSランの魅力を語ってくれた。

小学校の教師を辞めてプロのGPSランナーに!

京都の町を走る志水さん。GPSランはスマホさえあれば、どこでもできる。

志水さんがGPSランを始めようと思ったのは、毎年1月に西宮神社で行われる「福男」選びに参加するための抽選の列に並んでいた時のこと。ゴールまでの最短距離を分析するために境内周辺の地図をスマホで見ていたら、道が「西」という漢字に見えた。そこで翌月のバレンタインデーの日にGPS機能を利用して「西宮LOVE」という文字を描きSNSにアップしたところ、想像以上の反響があったそうだ。

「SNSに『凄い、どうやって描いてるの』とコメントをくれる人や、会った時に『見たよ、走ってあんなことができるの?』と声をかけてくれる人がいたりして、多くの人が面白いと興味を持ってくれました」(志水さん)

こうした意見を聞くうちに、当時小学校の教師をしていた志水さんは、かつて受け持った特別支援学級の子どもたちのことを思いだした。GPSランならば車いすの子どもたちも一緒にスポーツを楽しむことができるのではないかと。さらに自身がサッカーのトレーニングのために行っていたランニングも楽しくなるかもしれないと、次々にアイデアが頭に浮かんだという。こうしたあらゆる可能性を考えているうちに、気付いたら教師を辞めてGPSランを仕事にすることになっていた。

「当初は、『安定した教師という仕事を辞めるなんてもったいない』などと言われましたが、人生1回きりなので、分かりきったことよりは、いろんな人に喜んでもらえる可能性があるものに懸けたほうが僕らしいなと思ったので、後悔はしていません」(志水さん)

と、志水さんは何でもないことのように語る。こうして、世界初のプロのGPSランナーが誕生したのだった。

ゴミ拾いだってアートを作るエンタメになる

2019年に浅草で行われた「GPSプロギング」の様子。ゴミ拾いなのに、みんな笑顔。

GPSランには決まったルールはない。みんなで同じ時刻に走ってもいいし、先に紹介した「にしのみや市民祭り」のように各自バラバラの日時に走って、後で出来上がった作品を披露しあってもいい。さらに言えば、必ずしも走る必要もない。実際志水さんが行っている活動には、ゴミ拾いをした軌跡が環境保全に関する絵やメッセージになる「GPSプロギング」や、子どもや高齢者、車いすの人など誰でも参加できる「GPSウォーク」など、さまざまなバリエーションがある。

「ゴミ拾いの『GPSプロギング』を始めたきっかけは、2019年に起きた台風19号です。とても大きな被害をもたらしましたが、翌日、心配になっていつもジョギングをしている海岸に行ってみたんです。すると大量のゴミがビーチを埋め尽くしていました。僕の大好きな海がえらいこっちゃと思って、ビニール袋と手袋持って行って拾えるだけ拾いました。1時間で45リットルの袋が5つパンパンになりましたが、まだゴミはいっぱい。これは1人の力ではどうにもできない。かといって、ただゴミ拾いをしようと声をかけても、なかなか人は集まらないとも思ったんです。じゃあ僕のやっているGPSランと組み合わせて、ゴミ拾いで歩いた軌跡を文字や絵にしたらいいんじゃないかと。そうすれば『ゴミ拾い』が、『アートを作るエンタメ』になると考えたんです」(志水さん)

この試みは大成功して、現在では日本全国で「GPSプロギング」が行われている。ただ、こうしたイベントは道が少ない地方の町にはむいていないのではないかと思ったが、そうではないそう。

「地方でよくやるのがビーチや広い公園などを利用したフリーアートです。地方にある大きな公園やビーチは夏は多くの人が集まりますが、秋冬は閑散としていることが多いんです。だったら人が少ない時期にGPSアートの運動会をすれば町おこしにもなります」(志水さん)

そんな風に、町ごとの特性を活かすことで、GPSランにはまだまだ無限の可能性がありそうだ。

台湾では有名人。世界に広がるGPSランの輪

 
台湾の震災時に志水さんがGPSランで描いた実際のメッセージ。「日本♡台湾」(左)と、「花蓮加油(がんばれ!)」(右)の文字。

志水さんの地元である西宮市は阪神淡路大震災で大きな被害を受けている。その時、小学校2年生だった志水さんはいろいろな人に助けてもらった感謝の気持ちから、東日本大震災の際には自分も何かしたいと行動を起こした。

まず震災の翌年の2012年から大きな被害を受けた宮城県南三陸町の小学校へ毎年のように通って夏期講習の教育ボランティアに参加。さらに震災から5年後の2016年には、テントを背負い釜石から仙台まで200kmを走って縦断しながら、自分の目で見たこと、地元の人から聞いたことをSNSにアップして全国の人々に発信した。
そんな中、2018年の2月に台湾花蓮市で大地震が発生。東北を縦断中に被災した人たちから聞いた台湾からの支援に対する感謝の言葉を思い出し、その恩返しをすべく、現地へ飛んだ。そして、「日本♡台湾」「花蓮加油(がんばれ!)」という「台湾への感謝の気持ち」「復興応援メッセージ」を台湾で走って描いた。
すると、この話はSNS上で瞬く間に拡散され、地元の多くのメディアが取材にきて、志水さんは台湾で一躍有名人となったのだ。

GPSランは世界を笑顔にするエンターテインメント

COOPこうべ創設100周年記念に行われた「GPSアートウォーク」。子どもたちの笑顔が印象的。

GPSランを仕事にした当初、当然これだけでは生活は成り立たないため、アルバイトを3つ掛け持ちしていたこともあったと言う。そうまでして、志水さんがGPSランを続けるのはなぜなのだろうか?

「正直お金儲けはできない職業だとは思っています。ただそれより子どもや年配の方、車いすの方など、僕が走れば走るほど喜んでくれる人が増える。それがモチベーションになっています」(志水さん)

とのこと。昨年、COOPこうべ創設100周年記念の一環として、志水さん監修のもと「GPSアートウォーク」というイベントが実施された。西宮市と芦屋市にあるCOOP16店舗を拠点にゴミ拾いウォークをし、その軌跡をつなぎ合わせると「連結アートメッセージ」が完成するという大きなイベントで、老若男女約250人もの人が参加した。

「参加してくれた小さな女の子が拾ったゴミを片手に『明日もまたやりたい』と言ってくれたのを聞いた時は、すごく嬉しかったです」(志水さん)

ゴミ拾いという、通常なら積極的にはやりたいと思えないような活動をエンターテインメントにしてしまった志水さん。そんな彼の今の夢は、世界中の人と一緒に、世界中の人々が元気付けられるようなメッセージを書くこと。直近では、2024年に開催予定のパリオリンピック。世界5大陸で、それぞれ100キロほどの円を描いてもらう。それをつなぎ合わせてオリンピックの五輪を作る、そんなことも考えているそうだ。「走ることで世界中が笑顔で繋がる」、そんな夢のような未来を志水さんなら実現してくれるかもしれない。

GPSランは、スマホさえあれば、ひとりでも、100人、1000人規模でも、いつでも、どこでも始めることができる。「難しく考えずに、まずは一歩踏み出してみたらその楽しさがわかるし、そこからまた新しい世界が見えてくるので、ぜひ気軽にトライしてみて欲しい」と志水さん。町おこしや、お祭りなどのイベントの盛り上げ、企業のSDGs活動の一環など、志水さんはあらゆることをGPSランと絡めて周囲を笑顔にし、社会に何かを還元するためのアイデアを沢山持っている。興味のある方はぜひ志水さんに相談してみてはどうだろうか?

PROFILE 志水直樹
プロのGPSランナー。兵庫県西宮市出身。元小学校教師。「”競わない”ランニング文化を創る」ことをミッションに掲げ、国内外で「RUN FOR SMILE」をモットーに活動を展開。GPSランで町おこしに貢献するほか、アジア競技大会2026(アジアオリンピック)の公式イベント「GPS RUN ART」のコーディネーターや、アイドルのTV番組のコンテンツ監修なども務める。世界10ヵ国を駆け巡り、描いた作品数は約920、描いた総距離はおよそ8500km。(2021.1月現在)
公式HP/http://gps-run.com/

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
資料・写真提供:志水直樹

スポーツ+アート? “走ること”に新たな価値を生み出した、競わないスポーツ「GPSラン」

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