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ギソクの図書館とは? すべてはパラリンピアンのつぶやきから始った。
「競技用義足、レンタルできる場所があるといいんだけどな」
2016年のリオパラリンピック一ヵ月前、北海道で合宿を張る陸上競技・佐藤圭太は、何気なくつぶやいた。
当時は、まさか約1年後にクラウドファンディングを通して資金が集まり、24種類の板バネ(※1)や6つの膝継手(※2)、パーツを取り扱う「ギソクの図書館」が実現するとは思ってもいなかっただろう。
※1 板バネ:地面を蹴るときの反発力を推進力に変えることに優れているスポーツ用義足の足部
※2 膝継手(ひざつぎて):膝の役割を果たす義足のパーツ
だが、佐藤が使う競技用義足を開発する、Xiborg(サイボーグ)の代表取締役であり、エンジニアの遠藤謙は、佐藤の思いをカタチにすべく動いた。
誰もが走ることを楽しむために
遠藤はこう話す。
「板バネはアスリート向けと思われている方が多いと思うんですね。でも、そうではなくて、走ることは一番身近なスポーツであり、人間が移動手段として常に持っていてほしいものです。それに、走る楽しさを、(事故や病気で足を切断した)子どもたちに体感してもらいたいと思いました。でも、実際に子どもたちが板バネの義足を着けられる機会はほとんどありません。2014年にサイボーグを立ち上げ、『世界最速の義足を作る』という目標に向かって選手と接しているなかで、僕は何が壁になっているか知っていました。だからその問題を一気に解決する『ギソクの図書館』を考えたんです」
乗り越えるべき壁は3つあった。
板バネは主にカーボンファイバーでできており1本あたり20~60万と高価で、保険適用外。パラリンピックに出場しているようなトップアスリートも自費で調達しているのが現状で、切断者が気軽に試し履きできるようなものではない。
さらにいえば、スケートリンクのようにスケート靴を借りて、そのまま楽しめるような練習場所がほとんどないという。
また、ひとくちに板バネといっても、その形状や、厚さ、硬さ、長さもさまざまで、切断者が自分で装着するのは難しい。最初は義肢装具士のサポートが必要になるが、日常用の義足にしか触れていない義肢装具士にとっても板バネを触る機会はなかなかないといい、やはり気軽にスポーツ用義足を装着するのは難しいといえた。
それでも、多くの賛同者を得て構想はカタチになった。『ギソクの図書館』設立のために、サイボーグのメンバーやアスリート、義肢装具士らが中心となり、クラウドファンディングで支援を呼びかけた。その結果、631人から1千7百53万3千円の支援が集まったのだ。2017年10月、新豊洲Brilliaランニングスタジアム内で「ギソクの図書館」がお披露目されると、その取り組みは義足による走り方を教えるイベントなどを通して少しずつ切断者に広がっていった。
施設のオープンを喜ぶひとりが、小学5年生の斎藤暖太くんだ。生まれつき脛骨がなく、2歳で膝関節を切断したものの幼いころから水泳に親しみ、日常用の義足でサッカーを楽しんでいだ。小学校では、マーチングバンドの練習で多忙な毎日を送るが、クラウドファンディングプロジェクトへの参加がきっかけで、月一回ほどランニングスタジアムを利用するようになった。
暖太くんは声を弾ませながら教えてくれた。
「体育が好きで、今までは普段の義足で走っていました。でも、普段の義足で陸上をするとすごく動かしにくくて走りにくい。でも、(2017年5月に初めて)スポーツ用を履いてみたら、予想と違って跳ねるから走りやすそうだなと思って。最初は扱うのが難しくて、ハードルを横に置いて跳ねる練習をしてから走ったんですけど、50mで2秒くらい違ったんです!」
「ギソクの図書館」では、1回500円(施設利用料別途/要事前予約)で板バネやパーツなどを何種類でも試すことができ、暖太くんのような子どもたちの利用が期待される。実際に、利用する子どもたちの笑い声が増えていることが、遠藤のやりがいでもある。
「子どもは成長の過程で身長も体重も変わるので、板バネや義足を頻繁に変えなきゃいけません。でも、みんなと話していて子どもこそ、走りたいはずと感じます。だから楽しそうな利用者の表情を見ていると、やってよかったなと思いますね」
イベント開催中、佐藤の後ろをくっつくかのように飛び跳ねながら歩いていた暖太くんは、義足側の筋力強化の必要性を感じるようになったと言い、「(片足下腿義足クラスで100m世界記録保持者であるリチャード・)ブラウン選手や(佐藤)圭太選手のように速くなりたい」と夢を語った。
もっとも「ギソクの図書館」はトップアスリート向けではない。
「一番、走る敷居の低い場所であってほしい」
と遠藤は言葉に力を込める。
「義足ユーザーは日本中にいる。だから、『ギソクの図書館』が日本にここだけあっても意味がありません。スポーツ用義足を持ち出し、移動式にして、世界中の人が着けられるようになるといいですね」
遠藤が描く構想と可能性は、広がるばかりだ。
チャレンジできる環境が競技者のレベルアップにつながる
陸上競技の花形100mで11秒77(T64)の日本記録を持つ片足義足のスプリンター佐藤は2018年7月、「2018ジャパンパラ陸上競技大会」の100mと200m(T64)で2冠を達成した。
実は、同大会には「ギソクの図書館」を通じて競技を始めた選手も出場していた。
佐藤は実感を込めて言う。
「これまで実際にスポーツ用義足を使う機会がなくて、走ることにチャレンジできなかった子というのが、いまはチャレンジできている。『ギソクの図書館』がきっかけになった金子(慶也)くんや発掘事業を通して陸上を始めた選手が今大会に出ていて、改めて環境づくりは大切なんだなと感じました」
その佐藤自身はというと、サッカーに打ち込んでいた中学時代にユーイング肉腫を患い、右足のひざ下を切断。さっそく日常用の義足を使用してみたものの、これまでのように走れるようなものではとてもなかった。しかし当時、スポーツを続けたいと思っていた佐藤は、幸いなことに”板バネ”の競技用義足に出会った。その後、陸上競技の道に進み、いまや日本の義足スプリンターの第一人者に。2016年リオパラリンピックで4×100mリレー(T42-47)で銅メダルを獲得したのは記憶に新しい。現在は日本人ブレードランナーにとって夢である10秒台を目指している。
「まだまだ日本はレベルが低いですけど、同じクラスの選手も増えてきました。全体的にボトムアップしていければと思いますし、ピラミッドの底を広げるためにスポーツ用義足の普及に関しても自分ができることがあれば積極的にやっていきたいです」
たとえるなら、ギソクはメガネのように。図書館はスケートリンクのように。遠藤と佐藤は、スポーツ用義足が気軽に試せるようになる日が来ることを願って挑戦を続ける。
text by Asuka Senaga
photo by Hisashi Okamoto
▼ギソクの図書館
http://runforall.jp/